2009 / 04
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2人、無言のまま松原君との待ち合わせ場所のファミレスまで来てしまった。
ファミレスの大きな窓から覗くように店内の様子を伺う一路。
凪子は一路に半ば手を引っ張られるように入り口の前に立った。
ベビーカーや車椅子等が入店しやすいように
入り口の片側は緩やかなスロープになっている。
そこは店内からは死角となっていた。
手を繋いだままの一路はもう1度凪子を覗き込んだ。

「ホントに1人で大丈夫?」
「うん、大丈夫・・・それにもうお店にいるみたいだから私、行くね、
ここまで送ってくれてありがとう」
「帰ったら・・・うちに来て、話そう」
「うん、わかった・・・」
「いや、やっぱり1時間したら迎えに来るから」
「大丈夫だよぉ?」
「俺の気が済まないから、そうさせてくれよ」
「うん、わかった・・・今から1時間後にね・・・じゃぁ、行って来るね」
「あぁ、行ってらっしゃい、凪子・・・ちょっと・・・」

送り出そうとする私をもう1度呼び止めた一路は人通りのある歩道や
店内からも死角となるもう少し奥まったところに私を引っ張り込んだ。
ふわっと抱き締めて額にそっと唇を寄せた。
一瞬何が起こったかわからなくて・・・
キュンと首を竦めて彼の唇が額から離れた時顔を上げた。

声には出さず「行って来い」と口の形を模った
彼に小さく手を振り私はファミレスへ入って行った。


店内はよく空調がきいているせいか、
外の蒸し暑さからスッと肌に纏わり付く空気が緩和された。
接客のために近づいてきたウェイトレスに待ち合わせの旨を伝え
そのまま真っ直ぐ松原君の座るテーブルへ歩いて行った。

「お待たせしちゃった?」
「いや・・・平気だけど、何か頼む?」
「うん、歩いてきたから少し喉が渇いちゃったかも」

注文のためのブザーを押してから程なくしてウェイターが私達のテーブルに来た。
セルフサービスでドリンクを頼み、アイスティを自分の前に置いた。
お互い一口飲んで黙ってしまった。
大きな窓から街並みや大通りを走り抜ける自動車やバスをなんとなく眺めていた。
そしておもむろに松原君が口を開いた。

「さっき、一緒にいたヤツ誰?」
「あぁ、お隣に住んでいる幼馴染」
「ふぅん、幼馴染だけの存在なの?」
「何が言いたいの?」
「いや・・・特にないけど」
「松原君、核心を話さないつもり?」
「核心って?」
「高等部の英語の先生に『私を待っている』って話したんだって?」
「あぁ、話したよ、前に言ったじゃないか!?
留学前に俺、箕面のこと諦めないって!」
「あの話は終わったんじゃなかった?それに私は待たれても困るの」
「大学だって同じを希望しているんだろう?
だったら俺にも望みはあるんだよね?同じサークルにも入ろうよ
俺、箕面のために英語サークルにも入ったから・・・」

私の事なんてお構い無しに話し続ける松原君を呆れながら見つめていた。
彼の身勝手な妄想に少し眩暈を感じた。
私に話す機会を与えず、ただただ喋り続けている。
立場を反対に置き換えれば私に意見を言わせず、
完璧に言い包めるという方法である。
私の中でふつふつと怒りににも似た感情が生まれ始めた。

『勝手に私の進路先を決めてもらいたくない!』
『私はとっくに松原君の事は忘れているのに!』
『私はあなたとは付き合いたくないのに!』
『私には・・・私には好きな人がいるのにっ!』

そう口に出していたかは自分でもわからないが、
私はファミレスの椅子が「ガタン!」と
音を立てて倒れるのもお構いなしに立ち上がった。

そして店内にいたお客さんが驚いて
私達の方を凝視するのも構わず大きな声を張上げていた。

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お袋の買い物に荷物持ちで付き合い
沢山の食材と雑貨を肩から提げて自分の家のある階に来てみれば
凪子は出掛けるようだった。
昨日学校でもあまり顔色が芳しくなかった。
廊下ですれ違った時喉に負担を掛けるような妙な咳をしていたのをとても気になっていた。
彼女の妹は喘息体質で彼女も風邪をひくと必ず喉を拗らせると聞いたことがあったからだ。


「なっちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
「お出掛けなの?」
「ハイ・・・ちょっと・・・」
「そう、気を付けてね」
「ありがとうございます、行って来ます」

お袋とのやりとりを横で見ていたが、
昨日同様、いやそれより顔色が優れないようだった。
俺らの横を通り過ぎようとしようとしたとき話しかけた。
このまま素直に凪子を行かせてはいけないような気がしたからだ。

「どこ行くの?」
「う・・・ん、ちょっと・・・」
「どこ?」
「・・・・・」

目を合わせようとせずにいて、その上「本屋に行く」と言い張る彼女。
スッと目を細めて彼女の手元を見てみれば、肩から横掛けにしているバッグの肩紐を
神経質に忙しなく動かしている。
幼い頃からの彼女の行動を見ていれば何を考えているかは手に取るように理解できた。
言い出せないこと等ある時、彼女はこんな行動をとる節が多々あった。
本当に本屋に行くのであれば自分が付いて行っても何の問題も無いだろう。
しかし違う理由なら・・・・?
そう思った途端、行動は早かった。
肩から提げていた荷物を家に置きに入り、
キッチンで冷えた麦茶を1杯飲み瞬く間に凪子達前に戻った。
あまりの早さに母親も凪子も笑っていた。

1階まで下り駐車場への出入り口の方へ行かず、
大通りの方へ出るマンションの正面玄関の方へ行った。
エントランスを出て集会所のある人通りの殆ど無い小道に入った。
花壇の沢山の小さいバラが夕日に傾きかけた陽射しに輝いていた。

もう1度彼女に本屋に行くのか、問いただしてみれば
いつかの先輩に会うためにファミレスに行くという。
俺はさっきの嫌な予感はこれだったのか?と思い彼女を見下ろした。
凪子は俺の腕に力を込めて摑まってきた。

「どうしたの?」
「う・・・ん、松原君に聞かれることはもうわかってるの」
「じゃぁ、なんで会おうとするんだよ」
「ちゃんと、決着つけるために・・・」
「尚更1人では行かせられないよ」
「でも、これは私と松原君との問題だから・・・ここからは1人で行くから」
「心配なんだよ!」
「心配してくれてありがとう、でも大丈夫だから」
「俺が年下だから頼りないのか?」
「ううん、そうじゃないよ、出掛ける前は『決着つけなくちゃ!』と思っていたけれど
本当に気が進まなくてね・・・母親にもまたの機会にしたら?って言われて
そうしようかと思っていたの」
「だったら、俺も付き合うから・・・」
「ううん、ホントに大丈夫だから、それにこういう風に一路が元気をくれたから
一路や自分のためにも決着付けて、逃げたくないから・・・」
「わかった・・・待ち合わせ場所まで送って行く?」
「うん、そうしてくれる?きっと向き合う勇気が出るから」

彼の腕に掴んでいる手を離し、彼と手を繋ぐように手を滑り込ませた。
それを合図に一路は自分の方へ凪子を引き寄せた。
空いている方の手で肩に手を回し自分の胸元に彼女を抱き寄せた。
そして「あまり遅かったら迎えに行くから」と言った。
手を綱だままお互い黙ってファミレスの方へ足を向けた。

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それから暫くは英語科の教師から言われたことを頭の隅に追いやり、
毎日の学校生活を楽しく過ごしていた。
しかし、夏休みも明けいよいよ進路を本格的に決めなければならなくなった時
既に大学生になっていた松原君から会って欲しいという連絡があった。
昨夜から体調が優れなくて気が進まなかったが、近所のファミレスで会うことにした。

「お母さん、ちょっと出かけて来る」
「あら、誰と?」
「高2の時のクラスの友達」
「そう、それにしてもあまり顔色がよくないわよ?今度にしてもらったら?」
「うぅん・・・大丈夫、それに早いところ決着つけたいし・・・」
「決着って?」
「なんでもないから・・・大通り沿いのファミレスだから、行ってきます」
「行ってらっしゃい、薄手でもカーディガンを羽織っていきなさいね」
「うん、そうする」

暑い盛りも終わったが、日中は強い陽射しはあっても陽が傾くと風が涼しい。
私は母の言うとおり、薄手ではあるがコットンの黄色のカーディガンを羽織った。
小さながま口型のポシェットに小銭入れとミニタオルやティッシュを入れ
玄関でサボを履いて外に出た。
共通廊下先のエレベーターホールの方から母親の買い物に付き合ったのであろうか
2袋のエコバッグを肩から提げた一路がこちらやって来るのが見えた。

「なっちゃん、こんにちは」
「こんにちは」
「お出掛けなの?」
「ハイ・・・ちょっと・・・」
「そう、気を付けてね」
「ありがとうございます、行って来ます」

そう言い2人の傍を通り抜けようとしたが一路が声を掛けて来た。

「どこ行くの?」
「う・・・ん、ちょっと・・・」
「どこ?」
「・・・・・」
「一路、なっちゃんの都合があるんだから色々聞いたらダメでしょ!?」
「どこ行くの?誰かに会うの?」
「一路・・・・あの・・・・ううん、ちょっと本屋さんに行くだけだから」
「陽が傾きかけているのに?だったら俺も行くよ、
これ家に置いてくるからそこで待ってて!!」
「大丈夫だよ・・・1人で行かれるし」
「欲しい雑誌もあるから俺も本屋に行くよ」

一路はさっさと荷物を家に置きに行ってしまった。
共通廊下に取り残された私と一路の母親と顔を見合わせてしまった。
そして彼はものの1~2分で2人の前に笑顔で戻って来た。
再び、彼の母親と呆れながら顔を見合わせて「プッ」と噴出してしまった。
その後、母親は家に入り私達は並んでエレベーターホールへ行き1階へ降りた。
マンションのエントランスを出てすぐ一路が話し掛けて来た。

「凪子、本当に本屋さんに行くの?」
「えっ!?・・・本当だよ・・・」
「ふぅ~~ん、本屋さんだったらこっちの出入り口より
駐車場の方から出た方が近いじゃん」
「・・・・・・」
「ほんとはどこ行くの?」
「・・・・・ファミレス」
「ファミレス?何しに?」
「う・・・ん、ちょっと・・・・」
「顔色も優れないのに?誰かに会うの?」
「・・・・・」
「凪子!正直に言って、心配なんだよ、
昨日から学校にいるときから変な咳もしていたじゃないか」
「あのね・・・・高2の時のクラスメートの松原君に呼び出されていて・・・」
「なんで?」
「わかんない・・・・」

私は松原君にもう1度同じ事を問いただされると思いその不安から
思わず一路の腕に摑まった。
掴んだ手にギュッと力を込めた。

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新学期を向かえ私は高3に、一路と妹は中3となった。
相変わらず、私達は隣同士のよしみで登校は同じ時間が多い。
それでも一路が朝練あるときは私は妹と登校となる。
大概その時妹からの牽制にうんざりしたが、
帰国直後に交わした口付けで私達はもっと固い絆で結ばれたような気がする。
あれから特に一路との仲が進展したわけでもなく、
2人っきりになるシチュエーションになってもあれ以来彼は私を求めてこなかった。
そして私も同様だった。
でも傍にいるととても心が穏やかになった。
相手の姿を見つけるととても安心した。

私は帰国して早々に大学受験の準備に取り掛からなければならなかった。
同様に一路も付属高校とはいえ、
内部試験である程度成績を取っておかないと進級は出来なかった。
そのため部活と塾と学校と毎日忙しく過ごしていた。

「箕面、大学は上にこのまま進むんだろう?」
「ハイ、先生、そのつもりです」
「やはり文学部の英語学科か?」
「ええ、同時通訳や翻訳の仕事に就きたいので・・・
できれば上の大学に進みたいです」
「そういえば、去年同じクラスだった松原は経済学部に進んだらしい、
この前、こっちに遊びに来て箕面のこと待っているって話してたぞ」
「はぁ・・・そうなんですか」

私の高校と希望している大学は、
キャンパス自体が同じ敷地内で共有している
そして何より自分の夢を叶えるために中学受験したといっても過言でない。
でも英語科の教師から松原君の話を聞いた途端、少し嫌な気持ちとなってしまった。

放課後、そんなことを思いながらいつか一路と話した渡り廊下でぼんやりと校庭を見ていた。
自分の肩を後ろからそっと抱き締める人がいた。
振り返らなくてもわかる・・・。
一路は自分の顎を私の頭の上に軽く置き、そっと髪に唇を寄せた。
私は振り返らないまま、背中で彼の存在を感じていた。

「一路?今頃、どうしたの?部活は?」
「顧問が急遽出張になって、部活は休み」
「そうなんだ・・・じゃぁ、このまま帰るの?それとも塾?」
「塾もお休み、このまま凪子と帰るつもり、帰れる?」
「うん、帰れるけれど・・・もう暫くこのままでいさせて・・・」
「なんか、嫌なことあった?さっき眉間にシワ寄せて外見てたろう?」
「ええっ!?眉間にシワ寄っていた?」
「寄っていた、この辺に・・・」

そう言って後ろから眉間の辺りを『グリグリ~』と
右手の人差し指と中指でマッサージするように触ってきた。

「一路~眠くなっちゃうよ~~」
「眠くなっても良いよ、俺が担いで帰ってやるから」
「担ぐって・・・私は荷物じゃないわよ!?」
「荷物じゃなくても、結構重そうだから肩に担がなくちゃね~~」
「酷い!そんなに、重くないわよ~~!!
もう、せめて『お姫様抱っこ』でしょう?」
「じゃぁ、こうか?」

そう言うが早いか、彼は軽々と私を所謂『お姫様抱っこ』をした。
それも放課後の渡り廊下で・・・。
生徒も教師もいないから良かったようなもの、
ここに誰かいればかなり驚愕な絵図だったかもしれない。
中3の一路が高3の私を抱き上げ、お互いが見詰め合っている。
でもその表情は彼は穏やかな笑顔で、私は鳩が豆鉄砲食らったより驚いた顔していた。

「キャッ!な、何?一路?」
「凪子の眉間のシワ取れたみたいだ」
「最初からシワなんか寄ってないから、降ろしてよ~~」
「まだ、降ろさない!じゃぁ、もうシワなんか寄らないようにおまじないしてあげる」

そう言い、一路は抱き上げたままの格好で凪子の額に優しいキスを落とした。

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暫くお喋りしていたが、なんとなく会話も途切れがちになってきた頃、
凪子は頭の中で隅に追いやったはずの妹の言葉を思い出していた。
お互いに1年前に約束していたことが気になっているのがわかる。
それをどう切り出して良いのかがわからないだけ・・・。
でもその口火を切ったのは凪子だった。

「一路、1年前のこと覚えているよね?」
「うん、覚えている・・・『待っている』ってことだろう?」
「そう、そのこと・・・でも一路はそうじゃないんだよ・・・ね?」
「なんで?そう思うの?」
「だって・・・ふうちゃんと付き合い始めたんでしょう?」
「誰がそんなことを?俺は誰とも付き合い始めていない。
確かにこないだのバレンタインにいつも通りアイツからチョコは貰ってけれど
ホワイトデーのお返しすらあげてないし・・・・」
「今年は『本命チョコ』あげるって手紙に書いてあったけれど相手は一路だったのね」

そしてまた会話は途絶えてしまった。
ジュースを飲み干してしまったグラスをなんとなく触っている一路。
その手元を見ている凪子。
部屋の片隅に置いてあるアナログの目覚まし時計の秒針の音だけが
「コチッコチッ」と鳴っていた。
凪子にはもう一つ気がかりなことが、頭の中でもたげ始めた。
言い出すべきか否か、迷っている内に一路が口を開いた。

「凪子、俺、待っていたんだ・・・」
「うん、わかってる」
「でも、たった1年だけでこんなに・・・何ていうか綺麗になって
向こうでも結構、モテたんじゃないか?」
「そんなことないよ・・・それに日本人は年齢の割りには年下に見られるから」
「向こうの人とは、挨拶代わりに抱き合ったりとか・・・」
「そんなこと気にしているの?」
「そんなことって!?俺は毎日、毎日、そんなことばかり気になっていたよ!
クラスメートとの写真に男子学生も寄り添って写っていたら・・・正直写真を破りたくなった」
「破っちゃったの?」
「破ってないけれど・・・」
「一路・・・・」

確かにそうかも・・・。
渡英したばかりの頃は面食らった習慣も3ヶ月ほどすれば
普通に思えてくる自分の順応さに正直驚いた。

夏休みやクリスマス休暇で帰国した時も
特に彼からこんな態度は取られなかったが、
こんな正直に自分の感情をぶつけてくれる、
ヤキモチを焼いてくれる彼をカワイイと思った。
それでも妹に言われた『キスしたこと』ということは気になっていた。

「私のことより、一路のほうがこの1年結構楽しかったんじゃないの?」
「何だよ、それ?」
「だって、ふうちゃんからチョコ貰ったり、キスもした仲なんでしょう?」
「誰だよ・・・そんなデタラメ言うのは!?」
「私の妹が嘘つくとは思えないから・・・」
「どこまでお人好しなんだよ!凪子は!!」
「怒んないでよ、だってそうなんでしょう?私の事ばかり言わないで
自分だって・・・楽しく・・・」

彼のヤキモチを可愛いと思いながらも自分は妹の言葉に翻弄され
彼以上にヤキモチを妬いている自分がそこにいた。
でも彼を責める言葉を私の口から紡ぐことを阻止された。
彼の唇によって私のそれは塞がれてしまったから・・・。

テーブルに置いてあったグラスがカチャカチャと音を立てた。
一路は左手で凪子の右手を掴み、右手で彼女の顎を掴んだ。
唇を押し付けるように口付けた。
その拍子に彼女の後ろにあるベッドに彼女の頭を寄り掛かる形となった。
突発的なことで驚いた凪子は開いている方の手で一路の胸を叩き
性急なキスを止めさせようと試みたが心地好い感触に徐々に抵抗を止めた。

一度、一路は唇を離し凪子の隣に座りなおした。
腕の中に優しく包み込むように抱き締め「びっくりさせて、ごめん」と言った。
凪子は彼の両頬に手を添えて自ら啄ばむような口付けを繰り返した。

「キスはね・・・こうするのよ」
「・・・やっぱり慣れている」
「違うよ・・・一路だからこういう風に出来るのよ?」
「そういうものなのかな?」
「好きだから・・・自然にこうしたくなるのよ」
「自然の成り行きかな?」
「そうね・・・そういうことかな!?」

お互い見合って微笑み合い、もう一度唇を寄せ合った。

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電話は隣家の一路からだった。
昼過ぎには祖父母と母親が出掛けてしまうのでその頃会おうということだった。
私は先ほどの悲観的な考えを頭の隅に追いやり、
午後からにわか雨の予報もあったので
ベランダに干してある洗濯物を和室に広げて部屋干しした。
仲が良かった元クラスメート数人に電話をして帰国の報告をした。
それから沈んだ心のまま一路の家のインターホンを押した。

「凪子、いらっしゃい!入って、まだ母さんはいるけれど」
「こんにちは、お邪魔します。おばさん、ご無沙汰しています。
昨日、帰国しました。これ少しですがお土産です」
「なっちゃん、お帰りなさい、元気そうね、
まぁ!お土産?ありがとう。これから私、夜勤なのよ・・・」
「おばあちゃま達は?」
「母達は、趣味仲間と食事会らしいわ。じゃぁ、あと・・・よろしくね、行って来ます」
「行ってらっしゃい、おばさん」
「一路、あとお願いね。なっちゃんが帰って来て嬉しいのはわかるけれど・・・
わかってるわよね?」
「わかってるよ!ったく、心配性だな~~遅れるぞ!?行ってらっしゃい!!」

一路は半ば強引に母親を玄関から送り出した。
共通廊下には楽しそうな彼の母親の笑い声が響いてた。

「ったく、あれでも母親かよ!」
「一路ったら・・・」
「ごめん、こんなところで立ち話もおかしいから、俺の部屋で待っていて」
「うん、でも散らかってるんじゃないの?」
「うっ!それは~否めない。リビングがいいか?」
「ううん、いいよ、一路の部屋がスッキリしたことないもんね、それが普通だし」
「でも、結構片付けたんだけどな~~」

廊下で話し、一路はキッチンへ私は彼の部屋へ行った。
彼の部屋は私の部屋と同じ位置にある。
窓際には黒っぽい机が置いてあり、座った位置から背中合わせにベッドが置いてある。
CDコンポが黒っぽい本棚に置いてあり、その前に無造作に学生かばんが放り出してある。
本棚には戸が付いていないのでそのまま本を取り出すことが出来る。
私は数年で一路の興味が大きく変わったことが揃えている本でわかった。
机の上に学内で身に付けることを義務付けられている名札を指で転がすように触った。

「お待たせ、林檎ジュースでいい?」
「うん、いいよ、わぁ、お菓子もいっぱいだわ!そんなに食べられないよ」
「これ、俺が食べるから・・・食っても食っても腹が空く育ち盛りだからさ~
母さんがさっきドーナツ揚げてくれていた」
「相変わらず、おばさん、マメだね~」
「まぁね、働いているとはいえ家でも何かしていないと落ち着かないらしいよ
寝ていても何かしているんじゃないかな?まるで回遊魚みたいだよ」
「あははは、何それ?」

一路はキッチンから持って来たジュースとドーナツやその他のお菓子を机に置いた。
そして祖父母の部屋から小さな折り畳みのテーブルを持って来た。
正方形そのテーブルは私達が小さい頃からあったもので
裏には何故か油性のマジックで私と一路と妹の名前が落書きしてあった。

「あぁ、まだこのテーブル健在なのね?あっ!裏にまだ落書きがある!」
「そうなんだよ、なんだか使いやすいし、
ばあちゃんが縫い物する時の丁度好いテーブルになっているらしいよ」
「この上でお絵かきしたり、ゲームしたり、本読んだり・・・色々したね」
「うん、これは・・・俺らの事を一番知っているかもな・・・」
「そうだね・・・そうかもね」
「ところでさ~さっきお袋にはお土産渡していたけれど、
俺だけに!というのは無いのかな~?」
「あれ~催促~?」
「うん、催促!催促!1年も待ったんだよ?そのご褒美はないのかな~って・・・」
「・・・・あるよ。でも男の子だから全然趣味がわからないから
イギリスのブランドのキーホルダーなの」
「開けていい?」

小さな箱を前にして食入るように見つめている一路ににっこり微笑み頷いた。
一路はブランドのロゴの入った包装紙を丁寧に剥がし、小箱に入ったキーホルダーを取り出した。
自分の目の高さにそれを持ち上げ嬉しそうに「ありがとう」と何度も言った。
そして早速自分の自宅の鍵に付けた。
ジュースを飲みながら暫く留学の時の面白いエピソードや彼の学内でのこと等を
お互い報告しながら色々話をした。

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翌朝7時頃母親に声を掛けられたが、あまりの眠気に起き上がれなかった。
祖父母達は朝食を済ませたら父が車で送って行くという。
母と妹は午後から買い物に行くと話していたっけ。
10時過ぎ空腹でやっと目が覚めた私はのろのろとベッドから抜け出し
部屋着に着替えダイニングへ行った。
キッチンでは母が夕食の下ごしらえだろうか、鰯をさばいていた。
妹はリビングのソファに座り漫画雑誌を読んでいた。

「おはよう・・・ごめんね、遅くまで寝てしまって」
「あら、起きたのね、よく眠れた?」
「うん、よく眠れた、それに自分の布団は気持ち良いわ
おじいちゃん達はもう帰ったの?」
「そうよ、1時間くらい前かな・・・なっちゃんに改めて遊びにおいでって言っていたわよ」
「うん、わかった、お父さんが送って行ったの?」
「そうなのよ、それよりごはん食べるでしょう?
しっかり日本食の朝食メニューにしたわよ!」
「あぁ、お母さん、ありがとう、納豆や梅干付き?」
「あるわよ~梅干はおばあちゃんの自家製よ!」
「嬉しい!!帰国前に同じ日本人の留学友達とも言っていたけれど
帰国したらすぐに食べたいのは『納豆』『梅干』『お漬物』だって言っていたんだよ~~」
「じゃぁ、思う存分堪能してくださいね、召し上がれ」
「いただきま~~す!!」

炊き立ての白飯、わかめとお豆腐と小ねぎのお味噌汁、鮭の塩焼き、納豆とめかぶの和え物
梅干となすときゅうりのぬか漬け、ほうじ茶。
それを一つ一つ噛み締めながら食べる凪子は自然と目頭が熱くなってくるのを覚えた。
黙々と食べる凪子の姿を見てもう1人・・・同じく目じりに涙を潤ませる母親がいた。


食事も済み暫く経ってからリビングで寛いでいる凪子に声を掛けた。
「これからふうちゃんと出掛けるから・・・なっちゃんは今日はどうする?」
「午後からお出掛けじゃなかったっけ?」
「そうだったのだけれど、
ふうちゃんが髪の毛切るって言うから先に美容院へ寄って行こうと思ってね」
「そうなんだ・・・私は、ちょっと出るとは思うけれど」
「あぁ、お隣ね?」
「うん、お土産も渡したいし」
「お昼はどうする?」
「今、食べたばかりだし・・・お腹が空いたら適当に作るから良いよ」

リビングで母親と話をしてから自室に行き、友人達に渡すお土産を小さな紙袋に入れていた。
そこへちょっとおめかしした妹がノックもなしに扉を乱暴に開けた。

「お姉ちゃん!風花はお母さんと2人で外でお昼ごはん食べるんだ~~良いでしょう?」
「ふうちゃん、いいね~じゃぁ、好きなもの食べてきなよ」
「言われなくてもそうするよ!それとお姉ちゃん、一路に会うんでしょっ!?
1年前に言ったこと忘れていないよね?一路は渡さないからね!
それにお姉ちゃんがいない間、風花と一路は付き合い始めたんだから!!
キスだってしたんだかねっ!一路は年上なんてキライなんだから!!」

言いたいことだけぶちまけて風花はまた扉を乱暴に閉めて出て行ってしまった。

『風花と一路は付き合い始めたんだから!!
キスだってしたんだかねっ!一路は年上なんてキライなんだから!!』

その言葉だけが私の頭の中をグルグルと駆け巡った。
扉越しに母親が出掛けるための声を掛け
それに条件反射で応えたのだけはなんとなく覚えている。
渡英する前彼は『待っている』と言ってくれた。
その言葉を信じて私もそのつもりでいたけれど・・・・。
やっぱり1年離れていたから、年上だから、傍にいる同級生の方が居心地が良いのか。
自分1人だけで一路の気持ちが揺らがないと思い込んでいただけなのだろうか。
そんなことを想いながらダイニングに置いてある電話が鳴ったのが遠くに聞こえた。

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今夜は祖父母も来てくれて祖母特製のちらし寿司と母の手料理に
家族全員舌鼓を打った。
留学経験は実りあるものだったが、
食事に関しては寮の食事はあまり口に合うの物ではなかった。
同じくアジア圏から留学してきた友人と食材を持ち寄って
『なんちゃってアジア料理』は度々作ったがやはり祖母や母の手料理に優るものはない。

「なっちゃん、たくさん召し上がれ」
「おばあちゃん、ありがとう、すっごく美味しい!!」
「そうよ、なっちゃん、イギリスではあまり口に合うものがないって
言っていたじゃないの?」
「うん、なんかね・・・
私には特にイギリス料理があまり好ましくなかったんだ」
「それでも『郷に入ったら郷に従え』っていうくらいだからそれなりに食べたんだろう?」
「うん、おじいちゃん、それはやっぱり大事なことだよね」
「とにかく今夜はなっちゃんの好物ばかりお母さんとおばあちゃんで頑張って作ったから
お腹とよく相談しながら召し上がれ」
「もうどれも美味しいから、胃薬飲んでも食べたくなっちゃうよ」

皆が凪子の帰国を喜び祝ってくれた。
1人を除いて・・・・。

「お姉ちゃん、もっとイギリスにいれば良かったのに・・・」
「これっ!ふうちゃんっ!!」
「だってぇ、お母さん、お姉ちゃんが帰って来たら
また風花が目立たなくなっちゃうもん!」
「風花っ!!なんて言い草だっ!!凪子が帰って来て嬉しくないのかっ!?」
「お父さん、いいよ・・・」
「凪子は黙っていなさい。風花、お前も4月から中3になるんだから
その辺りも含めてもう少し自覚をしなさい!甘えもいい加減にしないかっ!!」
「ハイハイ、お父さんもお母さんも出来の良い自慢の娘である
お姉ちゃんとまた一緒に暮らせて嬉しいでしょう?
身体弱くって勉強全然出来ない風花なんていない方が良いんでしょっ!?」

その場の空気は風花の文句で一気に冷え切った。
風花は食事もそこそこで席を立ってしまい自室に引っ込んでしまった。
それを追いかけるように凪子も席を立ったが、父親に制されてしまった。
彼女の部屋に祖母が行った。

「凪子、帰国早々これだよ・・・」
「いいよ、お父さん、やっぱり家にいるって感じだもん!!」
「そうよね~なっちゃんにはいつもこんなのが
日常だって思って生活はして欲しくないんだけれど」
「お母さん、そんな風に言ったらふうちゃんが悪者になっちゃうよ?
私は気にしていないから・・・・
ずっと妹だもん、それでも・・・譲れないこともあるけど」
「なっちゃん?」
「ふうちゃんはなっちゃんのことが好きだから
ライバル視しているところがあるんだと思う。
だからそこはお姉さんなんだからわかってやらんとな?」
「うん、おじいちゃん、わかってる」
「やっぱり私の孫は良い子だね!」
「お義父さんったら・・・」
「さて、もう1本ビール開けましょうか、お父さん!」

先ほどの殺伐とした空気はあっと言う間に穏やかな雰囲気になった。
そして母手作りのイチゴのババロアをデザートに充分堪能した。

時差ぼけの所為か21時過ぎには睡魔と疲労が襲ってきたので
早々に入浴し自室に引っ込んだ。
イギリスいた頃の習慣で一路から送られていた絵葉書を読み返し
明日彼に会える事を楽しみにしながら就寝した。


presented by 地球の名言

紫苑あかね

Author:紫苑あかね
恋する人たちの切ない想いを描いています。

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