2010 / 05
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「今日は・・・どうしてあそこにいたの?」
「ある写真誌に君が載っていたから・・・
いや、厳密に言えばあのキーホルダーを見かけたんだ」

そう言い部屋の隅の方に置いてあるあの写真と同じトートバッグを指差した。
指先に視線を移し彼女は一つ大きくため息を吐いた。
そしてひとり言のようにぽつぽつと静かに話し始めた。

「何もかも置いていくつもりだった。
でも出来なかったの・・・。
思い出をなくしてしまったら出逢ったことを否定してしまうようで。
それに・・・出逢ったことで
その先の結果をも自分の手から零れ落ちそうだったから」

彼女は最初に俺が見惚れた写真を眺めながら話していた。

「そのおかげでまた、和華子を見つけられた」
「うん・・・・」
「今、こうなってしまったことを責める気全然ない。
でも、あの頃のことを・・・その・・・後悔しているのか?」
「・・・・・・」
「ごめん・・・こういう言い方こそ責めているようだよな」
「ううん、後悔していないよ。あの頃があったから今があるから
むしろ感謝しているの。マオさんに逢えなかったら
こんな幸せ手に入らなかったかもしれないから」
「幸せ?」
「うん、幸せ・・・よ」

少し疑問系になった和華子の言葉に引っかかりを感じた。
お茶を淹れてくると席を立った彼女を目で追いながら
外から聞こえてくるはつらつとした子どもらしい笑い声に耳を傾けた。
一番気になっていることを、
しかしその答えを恐れている自分がいることを認めた。

「あの子・・・元気いいな」
「あっくんのこと?」
「うん、『あっくん』って本当の名前は?」
「映(あきら)っていうのもうじき2歳になるわ」
「結婚したのか?」
「していないわ・・・」
「じゃぁ、シングルで育てているのか?」
「ええ、そうよ」
「父親を・・・聞いてもいいか?」
「・・・・・」

彼女は言うか言うまいかしているところに引き戸の玄関扉が
音とを立てて開き子どもを抱いた男性が入ってきた。
履いている靴を上手に脱ぎ捨て、抱かれている腕から逃れて
パタパタと足音を響かせて子どもが部屋に入ってきた。
そして母親である彼女のところではなく自分が座っている膝の上に
自分の指定席のようにだというように座った。
小さな顔を向けて「ブーブーあっち!」と言いながら
俺に純真無垢な笑顔を投げかけてくれた。
ふわりとミルクのような優しい香りがした。

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住まいは2DKであろうか。
玄関には子どもの手押し車のようなおもちゃがあり、
網状になった袋にプリンのカップやスコップやバケツ、
プラスチックの車のおもちゃがフックに引っ掛けられていた。
たたきの隅には男性ものの大きめなスニーカーが置いてあり
それを見た途端、俺の胸の奥がチリっと痛んだ。

借家にしては広めの玄関にそれぞれが6畳サイズのダイニングキッチンと
茶の間と寝室という間取りだった。
ダイニングには木製の小さなテーブルセットが置いてある。
通されたのはナチュラルカントリー調のリビング代わりの茶の間だった。
入ってすぐの壁には大きめのコルクボードが掛かっておりそこには
彼女とその子どもの写真が沢山貼ってあった。
ひときわ目を引いた写真は生まれたばかりの赤ん坊だろうか・・・。
眠る彼にそっと頬を寄せて愛おしそうに優しい眼差しで見つめている。
彼女の目じりには・・・涙が滲んでいた。

「それ・・・生まれたばかりのときの写真」
「うん・・・そうみたいだな」
「病院でね・・・撮ったの」
「ちっちゃいな」
「生まれたときは・・・ぎりぎり早産で3000gなかったの」
「そっか・・・大変だったな・・・」
「そこ、座ってね、お茶を淹れたから」
「ありがとう」

俺は写真が見えるローテーブル前にあぐらをかいた。
彼女がほうじ茶を淹れてキッチンから戻ってきた。
あの頃と変わらない食器。
あの頃と変わらない好み。
そう思ったら熱いお茶の湯気のせいでは決してなく
目頭が熱くなった。

お互い湯飲みから沸き立つ湯気を眺めながら言葉を交わすことなく
静かに時間だけが経っていった。
しかしその静寂を俺が破った。

「玄関に置いてあったスニーカーは?」
「あれは・・・」
「旦那の・・・いや、彼氏・・・?」
「・・・・・・」
「そうじゃないよな?」
「・・・・うん」
「じゃぁ、誰の?」
「あれは・・・里津さんところの息子、幼馴染の靴で
同じ敷地内の住んでいるとはいえ母子家庭には変わりないから
安全のために置いてあるの」
「そっか・・・」

少し居心地の悪い気持ちでいたが、和華子からそんな話を聞き
どこかホッとしている自分に苦笑してしまった。
庭先から子どもの笑い声だろうか。
楽しそうな声が聞こえてきた。
それを合図に和華子は今まで湯飲みを見つめながら話していたが、
俺の目を見つめて・・・何かを決心するかのように口を開いた。

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フレックス勤務を利用して今日のお迎えは午睡が終わってすぐにした。
保育園前にて里津さんと待ち合わせして。
帰りにドラッグストアに寄ってもらってもらおうか・・・。
そんなことを考えながら歩いているうちに保育園の前に到着した。
既に里津さんの車は到着していて保育園の一時駐車場に止まっていた。
車内の彼女を確認つつ、息子を迎えに園内に入った。


かなりご機嫌の息子の手を引き肩にトートバッグを掛けて
里津さんの車へ向かおうとしたとき呼び止められた。

「和華子!」

そこには1秒たりとも忘れたことのない彼が半ば呆然と立っていた。
私はあまりに驚きトートバッグを落としてしまった。
落ちた音に驚き里津さんが車から出てきた。

「和華ちゃん、どうしたの?」
「あ、あの・・・・」
「和華子・・・」

駐車場で3人と赤ん坊1人がお互いを見つめあう形となった。
その時、息子が私の手をすり抜けて車道のほうへ走ろうとした。
それを彼が後ろから抱き上げるように引き止めた。

「ブーブー!!」
「あぶねぇぞ!」
「ブーブー、あっち!」
「そうだな・・・いっぱい通っているな、車、好きなんだな」

息子は彼に抱き上げられたまま視界が高くなって嬉しいのか
「きゃぁきゃぁ」言いながら手を叩きながら喜んでいた。

「ここにいるわけにはいかないから・・・
和華ちゃん、ウチに来てもらったら?」
「えぇ・・・でも、彼が・・・」
「俺は、それでもいいです。
いや、むしろお気遣いいただきありがとうございます」
「じゃぁ、このまま車に乗ってくれる?
それに和華ちゃん、そろそろ決着つけるときが来たんだと思うから」

息子を彼から受け取りチャイルドシートに座らせて私は助手席に
彼は息子の隣に乗り込んだ。
息子の顔をじっと見つめている彼をバックミラー越しに見つめた。
映は珍しいお客に興味津々で彼の手を離さず
指にはめている指輪を面白そうにいじっていた。
そんな息子をこの上ない優しい眼差しで見つめている彼と
鏡越しに目が合い一瞬、時が止まってしまったような感覚に陥った。


presented by 地球の名言

紫苑あかね

Author:紫苑あかね
恋する人たちの切ない想いを描いています。

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