2017 / 05
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個展も終わり徐々に日常が戻ってきた。
今日はカルチャーセンターでの講習の日だが、
センターの入っているテナントビルの事情で急遽お休みとなった。
なんとなく工房には行きたくなくって朝食を摂ってから、
やよいお母さんには海に行くと言付けて小さなショルダーバッグを斜めがけにして出かけた。
バッグには、携帯電話・小銭入れ・ハンドタオル・ティッシュ・ビニール袋@数枚・デジカメ。
これが必要最小限度の持ち物。
このバッグも雅お姉ちゃんが妊娠中に麻紐でせっせと編んでくれたもので、
網目から小物が零れないようにイチゴ柄の内布袋が付いている。
厚手のカーディガンとストールを羽織って出掛けた。

海は風が吹いていたが波は穏やかだった。
海水浴シーズンはとっくに終わり、波を求めてサーファーが数人浜辺にいた。
波間をお日様がキラキラしてとても綺麗だった。
私は個展の最終日の事を思い出していた。
紀ちゃんの離婚原因は私にあると言っていてけれど・・・・。
何をどう考えても決定的な原因は見つからなかった。
彼女達が結婚する前、そう高田君と出会ってから私はずっと苦しかった。
そして彼女達が結婚してから、徐々に立ち直ってきたし自分の進めべき道も見つけたと思っていた。
だから先日の彼女の言葉は青天の霹靂というか、爆弾宣言だった。
周りの皆は「気にすることない!」と言っていたが・・・そうは言っても正直気になってはいた。

それと啓お父さんと一緒にいた男性(ひと)、藤堂謙杜さんっていったかしら?
どこかで以前お会いしたことがあるのかな・・・?
引き込まれそうなはしばみ色の瞳だけに、
思考だけの記憶だけでなく自分の身体全体で記憶しているような
妙な気分となった。

考え事をしながら砂浜を歩いていたら、教会からだいぶ離れたところまで来てしまった。
ここは養護施設の子達ともよく遊びに来た通称『千鳥岬(ちどりみさき)』。
引き潮の時は潮溜まりが出来て、小さな魚やカニ、貝殻など拾った。
子どもにとっては恰好の遊び場だった。
あの頃、紀ちゃんもまだ三崎夫妻に引き取られる前で一緒にここで遊んだ。
やよいお母さんや当時働いていた保育士さんと一緒にお弁当を持って1日中ここで過ごした。
とても穏やかで懐かしい思い出で、「ふふふ・・・」と独り思い出して笑う。

岬から見える遙か彼方地平線や色々な雲が浮かぶ空をデジカメで写した。
これらの画像が制作のインスピレーションとなっている。
でも私が赤ん坊の時一緒に包まれていた万華鏡以上の満足のいく作品は作ることが出来なかった。
何が足りないのだろう?いつもここで行き詰まってしまう。

腕時計をふと見たところ午前もそろそろ終わる時刻となり、
十数個の貝殻を拾いビニール袋に入れて、来た道を引き返そうと振り返った。
自分の方に向かって一人の男性が歩いてくるのが見えた。
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紫苑あかね

Author:紫苑あかね
恋する人たちの切ない想いを描いています。

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