2017 / 09
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Page.186

1人部屋に残された幸乃はとても後悔した。
やはり・・・話さなければ良かったのかも、と。
お義母さまが仰るとおり今のうちに離婚して
人知れず出産してシングルでも育てていけばいいのかも。
写真を挟んでいた裏表紙の反対側に挟んである小さくたたんだ『それ』を出した。
緑色で印字されている用紙を広げた。
そこには既に自分の名前等は書き込んでおりあとは判を捺印するのみ。
薄い紙を前にしてまた涙が溢れ出た。


以前、職場近くで彼を何度か見かけた。
大学卒業後、既に公務員試験勉強中で補助の教員として今の幼稚園に勤務していた。
ある時、園庭を大きな門扉越しに覗く彼がいた。
一週間に一度ほぼ同じ時間に犬を連れて散歩なのだろうか・・・
覗いている時は大概、自分が子ども達と園庭で走り回っている時だった。
最初は彼が芸能人だとはわからなかった。
というより自分がそういうことにとても疎い生活を送っていたからだろう。

大学を卒業するまでは勉強に必死だった。
姉は働いていたが年の離れた弟は当時まだ中学生だったので
彼に教育を受けさせるためにはここで私が奨学金制度を使い
大学を無事の卒業しなければならなかった。
空いた時間はアルバイトとボランティア活動に精を出していたので
合コンや友人同士の旅行等の付き合いもしなかった。
また帰宅してもテレビなどは見ず、家事の手伝いや勉強をしていた。
だから職場の帰りに修二に初めて声を掛けられても、
同僚は舞い上がっても私はピンと来なかった。
今、思い出してもこの事に関しては悪かったな・・・と思う。

「こんばんは、ここの幼稚園の先生でしょう?」
「あの・・・・どういったご用件でしょうか?」
「いつも・・・というかたまに犬の散歩でここから幼稚園の中を見ている者です」
「あぁ~~~そういえば、あれ?今日犬クンはいないのですか?」
「『犬クン』!?あぁ、アイツは自宅です。
えっとぉ・・・最初の俺の質問ってどうなりましたか?」
「えっ!?何でしたっけ??」
「もう一度言いますね。ここの幼稚園の先生ですか?」

こんな会話があった矢先一緒に駅まで帰ろうと誘ってくれた
同僚が彼のことに気が付いたんだっけ。
「フェニックスのボーカルのシュウさんですよね!!」
「この辺りにお住まいなんですか!?感激です~~~~♪
私、大好きで、先日のライブにも行きましたっ!!!」

職場でも感情表現がオープンな同僚は感激の余り、
涙ぐみながら修二の腕に摑まっていた。
彼は驚いたようにその行為に目を見開きやんわりと放した。
その後、同僚の携帯電話に電話が掛かってきてその場で別れた。

私達は、立ち話もおかしいと思い駅までの道沿いにある小さな喫茶店に入ることにした。
ここは彼の小学生時代の友人宅なので気兼ねなく入れるという。
お互いコーヒーを前にして一言も喋らず、お見合い状態。
カウンターの中から友人の父親のマスターが怪訝な顔で彼を見ていたのが印象的だった。
「「あ、あの!」」同時に口を開いて、思わず噴出し声に出して笑ってしまった。

「お先にどうぞ」
「いえいえ、そちらからどうぞ仰ってください」
「じゃぁ、さっき中断してしまったけれど『あそこの幼稚園の先生ですか?』」
「ふふふ、先ずはお名前は?すみません、
同僚が話していたことがチンプンカンプンだったもので・・・」
「す、すみませんっ!俺って自分の事ばかりで。名前は『湊修二』で職業はミュージシャンです。
フェニックスっていうグループでボーカル担当です・・・・」
「ふ~~~ん、そうなんですか?」
「あれ?フェニックスをご存じない?
一応アイドルグループで歌番組にも出ていたりするんだけれど」
「アイドルですか・・・・」
「この頃はドラマや雑誌にも出たりして・・・・」
「ごめんなさいっ!!私、本当にそういうことって本当に疎くって。
話題の映画やドラマも観なくて音楽といえば・・・
幼児教育に関することやクラシックばかりなんです」
「そうなんだ・・・あぁ、俺達の知名度もまだまだなんだな~~
周りが騒ぐから有名人になったと勘違いしちゃってるよな~~俺達」

幸乃の目の前でがっくりとうな垂れる修二だった。
頃合いを見てコーヒーのおかわりを注いでくれたマスターが何やら彼に耳打ちをしていた。
何故かマスターに小さくガッツポーズをした彼が妙に可愛らしく見えた。

「本当にごめんなさい、そんなつもりもなくて・・・
私はあそこの幼稚園には今年から勤め始めて、まだクラス担任とかは受け持っていなくて
補助の教員で勤めています。名前は『荻嶋幸乃』です」
「幸乃ちゃんか~~可愛い名前だね。単刀直入に言います。俺と付き合ってください!!」
「えっ!?そんな、だってあなたは有名な方なのに・・・私は『遊び』は出来ません
だからごめんなさい・・・」
「謝らないで、俺も君の事、遊びだなんて思っていないから。
真剣に交際を申し込んでいるんだ」
「でもどうして?」
「犬クンの散歩がてら君を・・・幸乃ちゃんをあそこで見かけて
子供たちと元気に走り回っているのを見て
太陽の下でもっとお日様以上に輝いている君に一目惚れしたんだ」
「・・・・何だか照れくさいです」
「そう?こんなことを本人の前で告白する俺ももっと照れくさいよ
それで、返事は急がないけれど・・・
先ずは俺を知ってもらいたいからお友達からっということでイイ?」
「ハイ、ヨロシクお願いします」

お互いペコリと頭を下げ、同時ににっこりと笑い合った。
そして彼はマスターに向かって親指を立てていた。
『先ずはお友達から』という言葉に忠実だった。
デートと称して会っても手も繋がない感じだった。
私も誠実で優しく男らしい彼に徐々に惹かれた。
そしてお友達として付き合い始めてから・・・
2度目のクリスマスに私からきちんと告白した。

人生初の告白に終始震えが止まらなかった私を優しく抱き締め「ありがとう」と
小さな声で囁いた彼は私の額に誓いを立てるかのように厳かに口付けてくれた。
その後、彼はフェニックスのメンバーや家族に私を紹介した。
私の家族にも紹介し、両親が一番驚いていたが彼を温かく迎えてくれた。
それから改めて彼からプロポーズがあり、私もすぐにお受けした。

派手な傾向のある芸能人には珍しく、彼は古風な考え方なのか・・・・
結婚するまでは『清い仲』でいる!ということだった。
でも彼の母親からは反対されていた。
彼曰く「『親父が全て見守っている』ということだから
このまま結婚式・披露宴・入籍をしよう」と言ってくれた。


あの頃が一番、楽しくて、幸せだったのかも。
彼が輝いていなければ私の幸せも無い。
彼のこれからの未来の足かせにはなりたくない。
だから・・・・捺印して・・・夜が明けたらここを出て行こう。
実家の母と姉には体調の事を話してあるから、暫く実家に身を寄せようか。
高望みしすぎたのかも・・・。
ごめんね、赤ちゃん、パパに会えなくなっても・・・許してね・・・・・。


彼が出て行った後、すぐに下腹部に鈍痛があった。
座っている状態からココアのマグカップをキッチンに戻そうとして立ち上がった時、
下腹部の鈍痛は激痛に変わった。
「お腹、痛い・・・修・・・く・・・」そう口の中で呟きその場に倒れた。
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紫苑あかね

Author:紫苑あかね
恋する人たちの切ない想いを描いています。

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