2017 / 04
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今日は朝から特に予定もなく、小春日和な陽気後押しされて家事に精を出した。
私が溜まった洗濯物や片付けをしている横で息子はなにやら
鼻歌交じりで一緒に片付け。
というか、整理したものをことごとく入れ物から出し
違う入れ物に移すという行為に勤しんでいた。

「ママ、ないないね~」
「そうね、あっくん、おもちゃお片付けね」

エンドレスで繰り返されるような片付けを端で呆れながらも
どこか楽しんでいる自分がいた。
日々成長している我が子に時折目を細めながら・・・。


あの日から彼から電話やメールが一日に数回は来る。
それは特に用事も無く「今、何をしているか?」とか「映は笑っているか?」とか。
他愛もないやりとりが今は心地が好い。
あんなに頑なだった私の気持ちも一度、錘が解き放たれてしまえば
我ながら薄情な女だと呆れるくらいである。
正直、彼と離れている間より心が軽くなっている。
それでもこれで良かったのか?と自問自答する日々もあったりするが。

「和華子!庭で映と遊びたいんだけれど・・・」
「翔?」
「わ~い!るぅ!!」
「映、お日様いっぱい浴びろ!おんも行こう!」
「オフなの?」
「うん、オフ、もぎ取った!」
「何それ?あっくん、翔が遊んでくれるって!良かったね~
お砂場道具持って行こうか?」
「わ~い!あっち!」

突然現れた隣人はあっという間に息子を玄関ですばやく慣れた手つきで
靴を履かせて半ば荷物を担ぐかのように庭に連れ出していった。
彼ら追いかけながら息子のお砂場着と遊び道具を持って自分も広い庭に出た。

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里津さんはお腹の赤ちゃんのパパに打ち明けるべきだと進言してくれた。
でも当時の私にはそんな勇気はなかった。
彼を通して親しくなったサブマネージャーにだけは打ち明けた。
同じ女性だったのできっとわかってくれる・・・と思ったから。
しかし、それは私の思い上がりだったのかもしれない。
彼女は、少し重みのある白い封筒を私に渡した。
掻爬(そうは)するよう促した。
彼女はマオさんが帰国する前に済ませて欲しいと言った。
このことは彼のご両親からのことづけでもあると言った。

私は・・・
もう彼の傍にいられない、いや、いてはいけないんだと自覚した。
彼が帰国する前に一人暮らしの部屋を引き払った。
そして里津さんを頼った。
翔の家族は詳しいことは聞かず、
ありのままの私を保護し受け入れてくれた。
まるで本当の家族のように。

私は・・・
何にも代えがたい彼を、愛を手放した代わりに、
最も貴重な幸せを手に入れた。
この子だけは決して手放さない。
彼を愛した証を一生守り抜くために。


ぽつぽつと話す私に何も言わず、
マオさんただ黙って聞いていてくれた。
時折、ギュッと抱き締めてくれていた。
涙ぐんでしまっている私の目元に優しい口付けした。
「映を生んでくれて、今まで健やかに育ててくれてありがとう」
「ううん、それは・・・私が守りたかったから」
「あのときの封筒は受け取ったのか?」
「ううん、その場で返したわ。絶対に守りたかったから」
「定かじゃないが、当時のサブマネージャーの独断だと思う
俺の両親は・・・多分、映の存在を知らないと思うから」
「うん・・・マオさんのご両親だもん、そんな非常なことは
なさらないよね?」
「多分な・・・・」

そして彼はコルクボードの写真をもう一度見上げて
優しく微笑み私の唇に熱い口付けを何度も落としていった。

陽がとっぷりと暮れるまで話した。
そして彼は改めて映に会うことを確約させて
やわらかい笑みを残して帰っていった。


少し額が汗ばんでいる我が子の髪を梳きながら
今日一日が目まぐるしく過ぎていったことを思い返していた。
あのような形で再会するとは思わなかった。
いつか・・・
この子が成長して自分のことを、そして父親のことを受け入れてくれる
時期が来たら打ち明けるつもりだった。
でもそれは私の母親として自分勝手な考えであって、
きっとこの子はそれを望んでいないと・・・
どこかで感じていた。
それが心の錘となっていた。

しかしそれが今解き放たれて私自身どこかホッとしてた。
今、この時期に彼と再会できたのが良かったのかもしれないと、
改めて我が子の寝顔を飽くことなくいつまでも見つめていた。

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息が出来なくなった。
ううん、実際には呼吸はしていたと思う。
でも、彼が、いきなり核心を突いてきたから。

「映は・・・俺の子だろう?」

あの子がお腹に宿ったときからずっと心の中に錘となって沈んでいたこと。
決して嫌悪することではなくて、むしろ自分にも幸せを手に入れることが
出来るんだ、決して手離すことの出来ない大切な大切な宝物。
その宝物をいつかもっと光に当たるところに上げなくてはいけないと思っていた。
その心の中の錘を解き放つ時が来たのかも・・・。

「どうして・・・そ、そう・・・思うの?」
「保育園の前で抱き上げたろう?
あの時、俺の子だってわかった」
「どうして・・・?なぜ、確信できるの?」
「出来るさ、俺と同じところに『痣』があるからな」
「そんなの・・・偶然・・・かもよ・・・」
「偶然じゃないよ・・・俺にも、兄貴にも親父にもあるんだ
左耳の後ろにあるだろう?」

私は、不安と焦りと・・・
何より彼に対する愛情が溢れ出てくるのを止められず
身体が小刻みに震えてきた。
息子に対する懺悔の気持ち、彼に対する今でも・・・
きっと当時以上に愛しいと思う気持ちがごちゃ混ぜとなって
それは涙という形となって溢れ出てきた。

「決して責めていないんだ、ただ・・・事実が知りたいんだ」
「うん・・・うん・・・」
「話してくれるか?」
「うん・・・」

涙を何度も彼は指で拭ってくれた。
その優しいしぐさは、あの頃と変わらない。
自分の肩に私の頭をもたげさせて、
大きな手で肩をすっぽりと抱き寄せた。
そして未だ溢れ出る涙を指先と・・・唇で何度も拭ってくれた。
こめかみに唇を寄せて何度も何度も私の名を口にして。
徐々に心の底に沈んでいた錘が彼によって解放されていく。

「あの頃ね・・・本当に幸せだったわ。
あなたと付き合っていて自分も幸せになっていいんだと実感していたから。
でもね反面、あなたがだんだん売れてきて時折遠くに感じたりしてね。
私なんかが傍にいていいのか・・・って思ったりして」
「忙しくなってきた頃・・・だよな・・・」
「うん、そう・・・アジアにも進出するって話も出ていた頃」
「あの頃か・・・・」



――――――あの頃・・・・。
私は彼に出逢って愛される幸せ、愛する喜びを知った。
毎日が楽しくて、充実感に満たされていた。
元々身体がナイーブな体質なのか、あまり気にしていなかったが
貧血と食欲不振、それと極度の寝不足のような倦怠感に襲われていた。
益々忙しくなってきた彼には打ち明けることも出来ず、
私は職場で貧血で倒れた。

ただの貧血だと思っていた。
念のため医師の診断を仰ぐと思いもよらぬ診断がくだされた。

「おめでとうございます。妊娠されています・・・6週目の中ごろですね。」

頭を鈍器で殴られたような衝撃があった。
考えられることだったが、
それでも乏しい知識の中で用心しているつもりだった。
今、売れ始めている彼に決して負担を掛けてはいけないと思っていたから。
私という存在ですら受け入れてもらえないはずなのに・・・。

実家の両親に報告をした。
そして・・・頬を思いっきり叩かれた。

父は何も言わず。
母は『恥知らず』と言った。
誰にも頼れないと自覚したが、たまたま実家からの帰りに翔に会った。
不安でどうしようもなくて全てを打ち明けた。
そして彼は何も言わず、自宅へ私を連れて帰ってくれた。

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「和華子、映がのど渇いたって」
「あっ、うん、ありがとう、遊んでくれていたの?」
「庭の隅っこの何も植えてない花壇がいたくお気に入りだよ。
公園の砂場より土がやわらかいから、映、そうだろう?」

慣れた手つきで洗面所からタオルを濡らしてきて
俺のひざの上に座っている子どもの手を拭き始めた。
それも爪の間に入ってしまった土も丁寧に優しく取り除いていった。

「あっくん、こっちおいで、お茶飲もうね」
「ママ、ちゃっちゃ」
「そうね、コップで飲むからこの椅子に座ってね」

膝から立ち上がり和華子の方へ歩き、
ダイニングテーブルのベビー用の椅子に座らせてもらい
上手にコップからお茶を美味しそうに2杯飲んだ。

「まだ、話、終わってないんだろう?」
「・・・・・・」
「お袋がさ・・・っていうか、俺もちゃんと決着つけて欲しいんだ」
「翔・・・うん、でも・・・」
「前に進むときだと思うからさ」
「うん、わかった、ありがとう」
「映は・・・俺もオフだし、こっちで面倒みるから、気にすんなよ!」
「里津さんにも迷惑掛けちゃうね、お礼言っておいて」
「よしっ!映!車で買い物行くぞ!里津おばちゃんも一緒だぞ!」
「ブーブー!!」

気温の変化を考慮しペンギン模様のパーカーを手にして
映を抱えるようにして部屋から翔るは出て行った。
少し牽制するような眼差しを俺に向けて・・・。

「正直、驚いたよ、石川が映くんを抱っこして現れたから」
「彼、幼馴染なの、中学まで同じ学校だったの。
映が・・・生まれる前から助けてくれてね。
実家には頼れなかったから」
「そうなんだ・・・」
「生まれてからもずっと何かと里津さんと翔も、
里津さんの旦那さん・・・翔のお父さんね・・・助けてくれていて・・・」
「あっちが住まいなのか?」
「うん、母屋が・・・家主でね。
こっちは昔、翔のおじいちゃん達が住んでいたんだって」
「だから、所々に手すりが付いていたり
スロープになっていたりしているのか・・・?」
「そうなのよ・・・」

お茶を淹れ直して戻ってきた和華子は座った。
しかし、先ほどとは違い向かい側ではなくテーブルの角に沿って
より近くに座った。
俺は視線を彼女に合わせて静かに話しかけた。
彼女が口を開くより先に・・・・。
映を見かけたときから、いや、保育園の前で抱き上げたときに確信した。
きっと・・・間違っていない。
だから彼女の言葉が発せられる前に聞きたかった。

「映は・・・俺の子だろう?」と。

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「今日は・・・どうしてあそこにいたの?」
「ある写真誌に君が載っていたから・・・
いや、厳密に言えばあのキーホルダーを見かけたんだ」

そう言い部屋の隅の方に置いてあるあの写真と同じトートバッグを指差した。
指先に視線を移し彼女は一つ大きくため息を吐いた。
そしてひとり言のようにぽつぽつと静かに話し始めた。

「何もかも置いていくつもりだった。
でも出来なかったの・・・。
思い出をなくしてしまったら出逢ったことを否定してしまうようで。
それに・・・出逢ったことで
その先の結果をも自分の手から零れ落ちそうだったから」

彼女は最初に俺が見惚れた写真を眺めながら話していた。

「そのおかげでまた、和華子を見つけられた」
「うん・・・・」
「今、こうなってしまったことを責める気全然ない。
でも、あの頃のことを・・・その・・・後悔しているのか?」
「・・・・・・」
「ごめん・・・こういう言い方こそ責めているようだよな」
「ううん、後悔していないよ。あの頃があったから今があるから
むしろ感謝しているの。マオさんに逢えなかったら
こんな幸せ手に入らなかったかもしれないから」
「幸せ?」
「うん、幸せ・・・よ」

少し疑問系になった和華子の言葉に引っかかりを感じた。
お茶を淹れてくると席を立った彼女を目で追いながら
外から聞こえてくるはつらつとした子どもらしい笑い声に耳を傾けた。
一番気になっていることを、
しかしその答えを恐れている自分がいることを認めた。

「あの子・・・元気いいな」
「あっくんのこと?」
「うん、『あっくん』って本当の名前は?」
「映(あきら)っていうのもうじき2歳になるわ」
「結婚したのか?」
「していないわ・・・」
「じゃぁ、シングルで育てているのか?」
「ええ、そうよ」
「父親を・・・聞いてもいいか?」
「・・・・・」

彼女は言うか言うまいかしているところに引き戸の玄関扉が
音とを立てて開き子どもを抱いた男性が入ってきた。
履いている靴を上手に脱ぎ捨て、抱かれている腕から逃れて
パタパタと足音を響かせて子どもが部屋に入ってきた。
そして母親である彼女のところではなく自分が座っている膝の上に
自分の指定席のようにだというように座った。
小さな顔を向けて「ブーブーあっち!」と言いながら
俺に純真無垢な笑顔を投げかけてくれた。
ふわりとミルクのような優しい香りがした。


presented by 地球の名言

紫苑あかね

Author:紫苑あかね
恋する人たちの切ない想いを描いています。

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